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Saturday, August 16, 2008

友人→写真→友人→写真→友

帰国のメモを整理し始めたら、ある法則が見えた。
友人→写真→友人→写真→友人

帰国中ずっと好きなものに囲まれていた幸せに気付く。
そんな中で見た写真展だったりすれば、やっぱり気持ちはすごくほぐれていて、素直な気持ちで先入観ほとんどなくみれたんじゃないかな?

7月13日 FujiFilm Square  前田真三・晃 写真展

FujiFilm Squareで7月11日から17日まで行われていた前田真三、前田晃 写真展。たまたま、偶然に開催されていたわけで・・・その日まで名前も知らなかった・・・。真三氏は晃氏の父。彼らは風景写真を撮っています。それも、自然・・・・。

私にとってもは人間を撮る次に苦手。旅行中にパシャパシャと撮ることは出来ても、自然自体にあまりにも圧倒されてしまっていざ風景を撮ろうとすると体が構えてしまい、上手くシャッターが押せない・・・。変な知識が付いてしまったらしく、素直に撮れない。

前田真三氏の撮った写真の中で、Microを使って撮っていた、雪の中の枝らしきものが一番印象に残った。全体的に感じるのは静けさ。どんなに鮮 明な色を出しても、静けさを感じる。今まで見た写真とは少し毛並みが違って、面白かった。あんな写真を撮るには、心もすごく静かにゆったりと落ち着いてい ないと難しいのだろうと思った。

真三氏の息子の晃氏の写真は、父親の写真とは何となく似ているものの、すごく違うなぁと思ったのは、力強さや躍動感。たまたまその写真展に出ていた写真がそういうものだったのか。。。

8月6日 奈良市写真美術館にて








入江泰由記念 奈良市写真美術館
奈良市出身の写真家である入江氏を記念して建てられた写真美術館でした。美術館のドアを開けて、階段を下りると美術館は地下に広がっていました。 どうやら、近所が普通の住宅地なのを考慮して、外見からは平屋建てのように見えるようにしてあるようです。私が見たのは来月9月28日まで開催されている 大和の道という展示。どうやら、テーマに沿って、入江氏の作品の中から40点を選び展示するようです。

今回展示されているカラー写真40点のうち半数以上が縦で撮られていました。そして、どうやら彼は霧や靄を好むようで道の写真の半数以上に霧がかかっていたりしました。

気に入った「蒼古の色濃き玄賓庵への道」と言う写真は、霧や靄のなかに見える木々や枝もとてもくっきりと輪郭がわかるように撮られており、不思議 な感じがします。霧、靄の中へ引き込まれそうな感覚もありながら、その中で見える木の存在ははっきりと感じる・・・。力強い感じがします。奥へ続く道が霧 のせいか少し濡れていて、そこにも存在感を感じる。それぞれが微妙に調和している。興味深い写真でした。

「二上山への道」
全体に色はすごく寂しげなのですが、遠くに見える山々が薄っすらと見え、上手く色がグラデーションになっており、優しく感じます。写真の真ん中の 道の上に立ついっ本の木が他のものに比べて色が黒く濃いので、その木の存在を無視できません。が、その木と同じ高さのススキが道両サイドの茂っており、こ れもまた微妙な感覚。

微妙さに惚れました。
ウェブサイトに行くとオレンジピンク色の写真が出てきます。それが、「二上山への道」です。どうやら私が行った興福寺の燈花会(とうかえ)と同じものが写真美術館の前でも行われたようですね!燈花会は初めての経験でしたが、2年後もまた見たいなぁと思うぐらい素敵でした。

旅行メモ






旅行に行くといつも取らないメモを取る。
そろそろなにかノートを買わないと・・・。

今回バックに入る掌の大きさのメモを持って帰国したが、小さすぎたのか持ち歩くのを忘れてしまったことが多く、パンフレットやレシートの裏やいたるところにメモが散乱している。

PDAなども考えたが、やっぱり字を書きたいな。そのときの字体でその気分がわかるから、メモは紙にペンで書きたい。

可愛いノートにはしるか、素敵な革製の日記帳にはしるか・・・・。

写真1枚目は日本で使ったメモ。まだ半分残っているので、少しずつ、走り書きしたメモを書き写すかしたいなぁ。
写真2枚目は新しく買ってしまった可愛いノート、そして革製ノート。どっちがいいでしょう?

Tuesday, August 12, 2008

8月9日 新宿にて


昼過ぎに東京駅で親友と待ち合わせをし、一緒に昼食をとりコーヒーを飲んだ。
彼女は大学からの親友で、かれこれ15年以上の付き合いになる。あと数年で人生の半分以上を彼女と過ごしたことになる。そんな話や昔話などをしな がら、次回会うときは、大学のメンバーで先輩達も集めて飲もうと言うことになった。企画はきっと彼女がするだろう。すごく楽しみだ。

夏休みで帰省する彼女を東京駅で送り出した後、相田みつを美術館に足を運んだ。

美術館に着いたのは4時を少し過ぎたところ。閉館まで1時間と少し、やはり読み通り半分ほどしか見れなかった。そのあと、信濃町に足を運び、先日購入した写真を受け取りにいった。

とても感動したのは、購入したあの日、私が彼に話した
「写真それぞれ、一枚一枚が全く違った表情を持っている」
と話したことを覚えていてくれて、彼は何枚かその写真の写真を撮った後、いきなり壁にかかっていた、私が恋に落ちたその写真そのものを渡してくれた。
その時、私はやっぱり彼の写真を買ってよかったと思った。写真に対する思いがどこか似ているところがあるのだと感じたから。だからとても惹かれたのかもしれない。

その写真を受け取った後、もう一人友人に会い、そして居酒屋で一杯。たしかその友人と新宿で別れたのは9時半を過ぎたころ。隠れ家に寄ろうかと 思ったが、気分がとてもよかったし、大切な写真も持っていたので帰宅することにし、小田急線に向かったルンルンで歩いていたところを、見知らぬ人に呼び止 められた。

(もしかして、私なにか落としたかな?)と思い、聞いていたiPodをとめその人の言葉に耳を傾けると・・・どうやら人違いでも、落し物でもな く、とっさに声を掛けてしまったらしい。始めの彼の一言が、「なんだか不思議な感じの人だなぁと思って、失礼だとは思ったのですが、声を掛けてしまいまし た。」と・・・。

実家が客商売だから、私も接客業を長くやっているからか、大抵の人は眼を見れば変な人かどうか位はわかる。その人の眼は、キラキラした好奇心一杯の眼だった。安心して、私はその人と一時間以上立ち話をしてしまった。どうやら彼が言うには、私はいい顔をしていたらしい。

わかる人にはわかるものなんだなぁ・・・。
私にとってその日はとても充実した心地よい日だったのだ。1日のうちで2人の友人に会うことができ、写真を手に入れ、良い言葉を心に感じ・・・。 それが、オーラとしてにじみ出ていたのかは不明だが、その人の眼にはとても感じよく映ったのだろう。久しぶりに私にとって”自然な”人との出会いだった。

8月10日 酒に楽しく飲まれる



明日は渡米だと言うのに、二日酔いです。ちゃんとご飯食べてから飲んだけど、悪酔いしました・・・トホホ・・・・。

昨日、日曜日は、まだ全く手をつけていない荷物の山から逃げるように、妹宅を1時ごろ出て土曜日に見終われなかった「相田みつを美術館」に行きました。現在展示中の作品にすべて目を通すことが出来てとても満足!

お土産のリクエストのHard Rock CafeのPinを買いに上野に行った後、新宿へ。念願の大戸やでご飯を食べ(まだあってよかったぁ。。。)、そして、今回の帰国では最後になるので、隠れ家にご挨拶に。ちょっとのつもりで3杯飲んでしまいました。

それだけなら、よかったのですがここからの出来事が、マイミクさんたちにメールを送ることになるのです。


独りで隠れ家に入り、2代目と目で挨拶をしてカウンターに着く。左隣には白人のすごく酔った人が2人。なにやら、店員の女の子相手に超フレンド リーだが、女の子は迷惑そうで・・・。テーブルも空いているから、そちらに移るかと聞かれたけどその日の私の気分はあまりよくなかったので、大して気にな らないから大丈夫と答えた。私が2代目と少し会話を交わし、いつものを飲んでいた。

すると、酔っ払いの白人の歳の方が私に何か質問する。少し会話を交わしながら私が2杯目を飲み始めた頃、年配のほうがトイレにたった。彼がトイレ に行っている間に、若い方が店をでた。トイレから帰った年配のほうが、自分の相棒は何処言ったと私に聞くが、私は全くわからないと答える。すると、その年 配の人は、私愚痴をこぼし始める。

彼の愚痴を聞きながら、20分ほど経った。私は3杯目を飲み始めていた。若い方はアイスクリームを片手に店に戻ってきた。年配の方が本当にほっと した様子で、若い相棒を冗談を交えて叱咤している。すると年配の方が私に名前を聞き、私達は始めて自己紹介をする。店に入ってかれこれ2時間ぐらい経った ころだった。

年配の方はJasonで38歳カナダ人、若い方はKurtで26歳ノルウェー人。一緒に心配してくれたお礼だと言い、Jasonが私にスクリュー ドライバーをご馳走してくれた。それから、私達はかれこれ1時間半ほど隠れ家でのみ、Jasonは私に3杯ほど酒をおごり一緒に隠れ家をでる。その頃には 私の心もリラックスしJasonやKurtと一緒になって笑えるようになり、もう一軒3人で飲みに行くことになった。

隠れ家で話した故郷のことや、仕事のこと、今の生活のことなどを話したお陰で、よくいる海外旅行者のあわよくば・・・ではないことがわかった。そ してJasonがどうしてもお礼がしたいというので、次のところで飲むことを承知した。彼らが全く日本語を理解していないことも少しは心配ではあった。そ して、何よりも彼らと話していることがとても楽しく、またしばらく帰れない日本の最後の夜を楽しい気持ちで過ごしたかったこともあった。

Jasonが途中でCowboy Barを見つけたので、どうしてもそこに入ってみたいというたっての願いもあり、彼らの3件目そして私の2件目は新宿3丁目のとあるスナック。外は激しい 雨が降っていた。3人でスラングなどを言いながらびしょぬれになりながら雨の中を歩いた。久しぶりにビチョビチョに濡れました。Tシャツもスカートもバッ グも持っていたパスポートも・・・。

途中でKurtはビジネスマンから千円でビニール傘を買い取り、余裕の笑顔。ずぶぬれになっている30台の私達を楽しそうに眺めていました。

スナックで2杯スコッチをダブルで飲み、11時過ぎに店をでて新宿駅で二人と別れました。お互いにe-mailを交換し、別れを惜しみました。彼 らは、私が日本を発つ明日、横浜港に入港するとの事でした。どうやら政府の船に乗っている人たちだそうで、始めは軍かな?と思ったりもしましたが、よくよ く聞いてみるとどこかの政府の船に乗っている人たちでした・・・・。

妹宅の最寄り駅に着いたのは12時過ぎ。駅から妹宅までタクシーには乗れず、気分が悪いのをガマンしながら千鳥足で妹宅にやっとのことで帰宅。もちろん、今朝は二日酔い。

土曜の夜中から体調を崩し、精神的にもすこし沈んでいたこともあって、たったの8杯で気分が悪くなり翌日二日酔いとは・・・歳をとりました。

初対面で本当にいろいろな話をし、そして彼らはいろいろな国の話をしてくれました。新宿での最後の夜は、JasonとKurtによって本当に楽し い夜になりました。いつかまた、どこかの国でばったりと会えるといいなぁと言っていたKurtの言葉、本当に叶うといいなぁ。次回はイタリアなんていいよ ね!

写真撮って見たものの、設定を変えることをわすれていたよ。ぶれているけどあの夜の出来事は、まさにこんな感じ。3人とも結構飲んでいたから、Kurtの写真もきっとぶれているんじゃないかな。沢山笑った夜だった。いい締めになったよ。

Saturday, August 9, 2008

コメントについて

本日無事に関東圏に戻りましたが、妹宅にはもどらず、大学の先輩のお呼びで夕食に。そのため、大きな荷物を新百合ヶ丘駅のコインロッカーに入れ、お食事に。

そんなこんなで、今旅行の荷物の整理をはじめたところ。
旅行中に書いたメモが見つかり、それを記念に日記にアップしました。コメントすごくしたいのですが、関東圏に戻ったら、いきなり喘息アタック・・・。あす、コメントします。させてください!!それから、メッセージのお返事も明日いたします。

今日はもう寝ます。明日は洗濯日和になるといいな。
あっ、でも、明日はあすで最後のランチを親友の女友達と、そして、そのあと行きたかった美術館に。そして5時には先日購入した写真を受け取りに。
明日もまたまた、息をつく暇もなく東京の街を歩きます。でも今夜は、ガーリックのお店で夕食を頂きました。だから、スタミナは補給済み!
明日、Mixiでお会いいたしましょう。

あと残り3日半。

Friday, August 8, 2008

旅先より お礼


2,3日一人旅に出ました。
ほとんど、行き当たりばったりに近く、旅先であった古くからの友人は、そんな私でも温かく迎え入れそして、もてなしてくれました。

そういう友人達に逢うことによって、彼らが用意してくれていた「私のための何か」を感じることが出来ました。その何かがまだ今ははっきりとはわからない。でも、私がこの4年、もとめていたものなのだろうと思います。

人間はいつも孤独なのだと頭ではわかっていても、心はなにかを感じ、なにかをもとめるのだと。そして、その心が時々自分自身を振り回してしまうの だと。その心を抑えたりすることが出来るようになるというのが、大人になることで社会とうまくやっていくことなのだなとおもいます。

旅にでて、すこし頭も心も冷静になれたような、整理がついたような。
新幹線や電車のなかで、時々メモをしました。そして、本も読みました。そんな時間が今の私には必要だった。
旅の間にメッセージをくれたマイミクや友人のかた、コメントをつけてくれたかた、ありがとうございます。そして、いつもありがとう。

言葉と言うものは不思議なものですね。
おなじ言葉でも人それぞれで全く意味が違ってくる。
どうやら、私の言葉は多くの人には誤解を招きやすいようです。でも、私の言いたいことを、私のつたない日本語から読み取ってくれる、古くからの友人やマイミクの方がた、マイミクではないけれどメッセージやコメントをくれる方にとても感謝しています。
そして、これからもよろしくお願いします。

今日、関東圏にもどります。

Thursday, August 7, 2008

疲労とメダイ


疲労からなのか、調子を崩し、自宅(妹宅)待機の今日一日。

本当は、写真展に3つほど行く予定でした。
2つは同じ写真家の方で今は亡くなっています、残りの1つはアメリカ帰りの方のもの。すごく楽しみにしていたのですが・・・。夏ばてでしょうか?
明日、行けたらいいなぁ。

実は、水曜日の夜に大切にしたイヤリングを無くしてしまった事に木曜日のお昼過ぎに気付き、大慌てで同じものを作るべく、材料を探しに1、2時間ほど新宿区を駆けずり回りました。それが、精神的にも肉体的にも疲れたのかなぁ?暑かったからね。

大切なものと言うのは、実は、「奇跡のメダイ」のイヤリング。すごく小さい赤いメダイを何でもないピアスに通しただけのもの。右側をなくして しまいました。清めてもらってあったものなので、すごく、すごくショック。で、四谷まで同じ物を探しに。そして、それを通すためのピアスを探しに新宿駅周 辺を・・・。

今は、必要なときにしか教会に行くことはないけれど、でも、そのメダイはとても大切にしていて、かれこれ5年ぐらい持っています。一代目は曾祖母にいただいた、同じくらい小さい緑の「奇跡のメダイ」。現在のものは私が曾祖母の物を真似て作った2代目。

方耳だけでは哀しいので、同じ赤いものを一つ購入。そして、これを機に3代目を作ることを決めました。で、選んだのが、すごく薄い紫色のマリアの 横顔がついているもの、名前は・・・忘れてしまいました。清められてはいませんが、ユタにもどったら、お願いしに行く予定です。シルバーのピアス、いつも のものより少し大きくなってしまったのが、残念ですが、気分を変えるには良いかな?なんて。

甥のヒロキくん、早速新しいイヤリングに気付き、
「エツさん、これ、かわいいぃねぇ・・・」
なんて・・・。そこら辺の男の人より、目ざとい。髪形変わっても気付かない男が多い中、ヒロキくんは将来有望だなぁ・・・と。

ん?
ピンク好き、ウサギ好き、目ざとい、小物好き、キス好きなどなど・・・・ゲイ要素が少し気になるところ・・・・そうならないことを祈ります・・・。

Monday, August 4, 2008

写真に恋をする

今日は、写真展を3つ見に行った。2つは同じ写真家のもの。もう一つはアメリカ帰りの写真家のもの。最初の2つは、風景写真。
前田真三というもう亡くなって10年経っている写真家。この写真家の息子さんの写真にFujifilmで出会い、興味があって見に行きました。

私は風景写真、Natureを撮らないのですが、興味本位と彼の何枚かの写真に惚れたことが今回渋谷、四谷までこの暑い中足を運ばせる原因となりました。
この写真家の写真は2/3はリバーサルフィルムを使った撮影でカラーですが、私の惚れた写真は、カラーでありながら、白と黒しか写っていない写真。でも、今回の写真展にはありませんでした。でも、素敵な言葉に出会いました。

「自然は生きている
刻々と変化する自然を
出合いる瞬間に
最も美しくとらえる
それが私の
風景写真である」

言葉どおり、素敵な写真ばかりでした。
中でも「抒情の海」と名づけられた1981年の京都府宮津市を撮られた写真は、素敵な青色で、それでいて温かく静かな海でした。この写真は、私がユタの砂漠から恋焦がれた海をとてもよく表現しているように思われ、心を奪われた一枚です。

彼のプロフィールの言葉にも、心を動かされます。普通のことを言っているのでしょうけれど、とても忘れがちな一言を、この写真展で目にし、すこし動揺しました。今の私にはこの言葉が必要だったかな?

「考えることは有限だが、感じることは無限だ」

最後の写真展は、スケーターなどストリート系の写真を撮っているNY帰りの若手写真家の写真。そこでも、私は良い出逢いをしました。そして、ある一枚の写真によって、励まされ、そして、新しいことに挑戦する勇気を得ました。

写真を見終わった後、その写真家の方とお話をする機会があり、ここでも、素敵な贈り物をいただきました。写真を撮ることについて、どのように思っ ているか、どのような気持ちで撮っているのでしょう?という質問に、彼は「自分を写す」そう答えました。まさに私の写真に対する考え方と同じで、それを形 にしている彼から勇気とでも言うのでしょうか、何かをいただきました。

そして今日私は、彼の撮った写真の中で今までに一番私が素敵な色だと思う写真を一枚、購入しました。その写真は、なんとも言えない、素敵な夕焼け をバックに彼がジャンプをしている、彼のセルフポートレイト。その写真から、彼が、写真を撮ることがこんなに彼をHappyにしているんだという、 Jumpしているんだけど、静かでとても力強いメッセージを感じさせ、そして、私にカラー写真の魅力を教えてくれる写真でした。

この写真によって、私も、もう少し露出などが安定してきたら、カラー写真に挑戦したいと今は思っています。今までは、カラー写真に興味のなかった私、なぜって、色が難しいから。でも、そんな心配すら吹き飛ばして、「やってみなよ」って言っているような、そんな写真。

もちろん、彼のモノクロの写真もとっても魅力的で、人間を撮れないと思っていた私に、「大丈夫、撮ってごらん」そんな言葉をかけてくれるような、 とても温かい写真でした。彼の写真は、彼がすごく人間が好きでたまらないんだと言うことが写真を見るだけで伝えてくれる、そんな私がほっとする、心地よい 写真でした。

この3つの写真展の後、私は大学時代のアルバイトの先輩の経営する初台にあるスナックに立ち寄り、4,5時間ほど懐かしい時間を過ごし、小田急線の終電に乗り遅れ、成城学園前から6千円ほどかけて、タクり帰宅。

今も、頭がグアングアンしています。でも、この感動は今伝えたい!!
きっと明日この日記を読み直したら、赤面しそう・・・。

まっ、いいか。それぐらい、素敵な日曜日を私は過ごしたって事で!
皆さんにも、私のワクワクとウキウキが伝われば・・・。
久しぶりに写真に恋しました!

久しぶりに歌ったカラオケも、助っ人で知り合いのママさんのスナックを手伝っていたころに(実家はお鮨やですがバーも経営していたので、その関係 でお手伝いしてました)可愛がっていただいたお客様が遠路はるばる、初台くんだりまで足を運んでくれたりして・・・のりに乗ったのは言うまでもありませ ん。

当時働いていたお店の仲間も集まり、ちょっとした同窓会になりました。ただ、残念だったことは、当時のママは引退して名古屋に引っ越しており今回は欠席。

何を歌ったかって・・・。それは・・・・You Tubeで。
ほとんどが、当時にリクエストされて歌っていた曲でした・・・。
中には歌が流行った頃、私まだ小学生!でも、歌っちゃうんだな、これが。
実はこれが、助っ人の理由・・・。(笑)
なんかこういうのっていいよね。

Wednesday, July 30, 2008

Hiroki(甥)からのプレゼント


「エツさんのかおぉ~!」と言って部屋まで起こしに来たHiroki(甥)。手に持っていたのはクレヨンで書いた私の顔。早速その絵にサインをしてもらった。

彼の目に写る私はこんな顔なんだね。
Hiroki曰く、エツさんはいつもウィンクしているんだって・・・。

こどもって面白いね。子供部屋に行ったら、沢山のクレヨンが転がっていたよ。いろいろな色のクレヨンが転がっていたのに、Hirokiは黒を選んで、私を描いた。

今日も朝から元気をもらったよ。

こんな毎日なら、いつまでもここにいたいなぁ。

私が現実に引き戻されるまであと14日。

Monday, July 28, 2008

隠れ家

隠れ家で、誰かにご馳走してもらったのは土曜日が初めてでした。
自分のお酒は自分で払うのが、今までの私の隠れ家でのルール。
次回は私が持ちます!それまで絶対に覚えていますから!



隠れ家の写真を撮って帰ろうと思いましたが、やはり撮らずにいようと思います。
撮ってしまっては、隠れ家ではなくなるような気がします。
あの店で語り合ったことは、あの店においてくるのと一緒かな?あの店と自分の心や頭に大切にとっておいて・・・。

写真を撮らずにいて、仮に2年後にその店がなくなったとしても、私の中でずっとあの匂いは覚えているし、あの音も覚えている。私が覚えていればい いこと。忘れなければいいこと。あの店が私や父の人生に何十年もの間、関わってきたことは事実で、それを私が忘れなければいいかな?

そんなことを思っています。

わがままか。

実はあの店にカメラを持ち込んだことは何度もあったけど、でも一度もシャッターを押せない。なぜって、必要ないからなんだろうな。

きっと、人はそれぞれ皆、一つぐらいはそういう場所があるんじゃないかな?

私の隠れ場は、そのくらい、私にとって意味のある大事な大切な場所なんだなぁと、感じる・・・。

Sunday, July 27, 2008

飲みすぎ、頭イタ

今日は、隠れ家で夕方4時半から飲み始め、夜11時半まで約7時間、飲み続けました。久しぶりに、たのしいおしゃべりと飲みだけで過ごした7時間。

あまりの話の面白さに話し続け、笑い続け、考え続け、いつの間にやら・・・7時間。隠れ家でこんなに飲んだのは、何年振りでしょう。飲みながら、 だんだんと頭が冴えてきて、ふと気付いたのは・・・・一人のバーテンダーの懐かしい顔・・・。階段を上がったときに、気付きました、あれ、現オーナーの2 世だと。どうやら、なんとなく向こうも気付いたようで・・。

昔の様に同じ酒(割るものが変わりましたが)を7時間も飲んでいる私、15年前と全く変わらない店の匂い、トイレの匂い、店の灯り、音。

ちょっと歳をとって、お酒の味が少しわかるようになって、でも、また同じ隠れ家で同じ酒を隠れて飲んでいる。変わらないようで変わった自分、変わらないようで変わった隠れ家。

10杯くらい飲んで、少しけだるさを覚える頃、懐かしい顔に昔のように見送られ、ちょっと頭が痛いけど、よい気分です。

そして、私は、誰かと話したく、アメリカまで電話をかける。
今、私を必要としているアメリカの”弟”に、良い気分をおすそ分け。

Saturday, July 26, 2008

本、本、本・・・・

今回の帰国で絶対に持って帰る!!!って思っていた本。
主に、古いタイトルなんですが・・・実家の押入れやら倉庫に絶対にハードカバーで持っているのに、重いからといって単行本で購入したいはいいが・・・・あまりの冊数で結局単行本でもハードカバーでも関係ないぐらい重くなりそうです・・・。参った!
こりゃぁ・・・船便で別送だな。

今回のお小遣い、本と美味しい食事とお酒で使い切りそうです。
お土産リスト、まだ半分しか終ってないのに・・・。

本日のお食事


温度の変化、つまり外の温度とお店や部屋の温度が急激に変わる時や、勢いよく話さなければ、お薬が効いているのか、治り始めているのか、咳が出なくなりました。

そんなことを考えていた夕方、大学の先輩からお電話があり、新宿へ。
少し体調が良くなるとすぐに、一杯あそこで飲みたくなる私は、お電話を理由に家を出て、新宿まで飲みに行ってしまいました。

でも、先輩も同じく水曜日頃から調子が悪かったこともあり、2杯飲んだ後、美味しいものを食べに行こうと言われ、タクシーに乗り・・・・みた事のない住宅地へ・・・。

着いた先は、三宿のとあるお店。小さいお店で席も14人ぐらいしかない。こじんまりとした、でもモダンなつくりのしゃぶしゃぶを出すお店・・・。

二人で、始めに二品頂き、そのあとしゃぶしゃぶ・・・・。しゃぶしゃぶの後は、おうどんと雑炊を一人前ずつ、二人で頂き、デザートはトマトの水甘煮。
シンプルな味で、お野菜やお肉の味をちゃんと味わえる、本当に、シンプルなしゃぶしゃぶをおしゃれに頂いてきました。

お料理のお味を言葉にすることが私にはとても下手なので、気になった方はどうぞ、足を運んでみてください。

「八百七」yaoshichi
http://www.yasaino-g.jp/

本日も大好きな先輩と素敵な音楽を楽しみ、美味しいものをご馳走になり、楽しい会話を楽しめて、よい一日でした。渡米までに、あと何回、先輩と楽しい会話を楽しめるのでしょうか?

本日は、大きな箱をお土産にいただきました・・・。
中を開いてみたら・・・・ぽにょ!!!!

Thursday, July 24, 2008

ポツポツ星人と風邪星人

甥っ子が水疱瘡にかかり、ポツポツ星人になりました。
私は・・・・風邪星人になりました。

っていうか、私の場合、喘息の咳だと思ったらなんか様子が変なので、病院に行くことにしたら、甥っ子の腕に小さい水ぶくれ見たいものを発見!よぉーくみてみると、体中に赤いポツポツが・・・。今朝6時のことでした。

時間が経つにつれポツポツがふえるぅ~!!!
で、家庭の医学の本で調べたら、思ったとおり・・・・。

慌てふためく妹、昨日一緒に遊んだお友達ママにメールを朝7時ごろから打っていました・・・・。痒くてイライラのポツポツ星人をアイスクリームで つり、病院へ。私は、道を挟んだ虎ノ門病院から独立した開業医のところへ・・・。病院が終ったら、ポツポツ星人が、自分が病気だと気付き、甘え放 題・・・。こっちだって、熱があるっちゅうねん!!って思いながら・・・またまたアイスクリームでつって、帰宅。

ここで問題です。
私の平熱はいくつでしょうか?
1.36.2℃
2.36.8℃
3.35.4℃
4.どれでもない。なぜなら、体温計を持っていないから・・・。





答えは3番!
つまり平熱が低いんです。
「甲状腺は問題ないですね。でも平熱が低いので、免疫力が低下していることが考えられますから、もっと食生活を整えたり、必要以上にお薬の服用をしたりしないでくださいね!」と言われました・・・。

向こうじゃあ、平熱が低いなんていわれたことないし・・・。35.4℃って普通と思っていましたよ。。。これで何年も生きていましたから・・・。

でも、食生活っていわれて、納得しました。渡米して15kg以上太ったのも、腰痛が悪化したのも、平熱が下がったのも・・・これも自己管理不足って事ですよ・・。

まずは、食生活、やっぱり変えるしかないようですね。体は基本ですもんね!
今は薬が効いて、どうやら注射はしなくてもよさそうです!
明日も自宅待機と行きましょうか・・・。

今夜はとても涼しく、本を読みながら、うたた寝・・・。あらあら、戸締りしなっくっちゃ。虫の声をバックミュージックに、今夜は本を読みながら過ごします。

Saturday, July 19, 2008

素敵な待ちぼうけ

今日は、3,4年ぶりに待ちぼうけを喰らいました。
まっ、ちゃんとメールでキャンセルのご報告を受けたので良しとします。

待っている間、父も通っていたことがある某バーでコーヒーを飲んでいました。そのバーはとても歴史のあるバーで、そして、私の中でも歴史のある バーです。かれこれ、15年前からです。4年日本に帰っていないので4年を抜いて考えても、それでも11年、私はそこで独りで飲んでいます。

コーヒー2杯ほどの後、待ちぼうけを理由にいつものヤツを頼みました。バーテンダーはやはり変わっているので、もう覚えてはいませんでしたね、私 の事は。それに、ボトルももうそこではキープできないようでした。ちょっと残念ですね、でも、このご時世で、まだ店が残っているだけでも有り難いことで す。

11年前のように、素敵な音楽と美味しいコーヒーとお酒と、そしてタバコ。なんとも懐かしく、一瞬にして15年前の大切な今は亡き友人と通っていたことを思い出しました。

あの店では、二人とも無言に近かった。二人で、美味しいお酒とタバコとそして音楽を楽しんだ。当時のバーテンダーは、私が、女独りでよく飲みに 行っていたのでいつの間にか覚えていてくれて、店に入り挨拶を交わした後は、静かに私のボトルとChaserを運んでくれる、そういう店でした。

いつも2,3時間飲んで、二人で彼のバイクで帰る。本当は飲酒運転ですけど、お互いにお酒には強く、特に彼の運転には信頼を持っていたので、二人 でバイクで茗荷谷のアパートまで。大学3年になり、新宿に引越し、バイクでだったらホンの10分ぐらいの飲酒運転。多いときには、週に2,3度は静かに飲 みました。

今日、久しぶりに独りで行ったあの店は、昔と変わらずの壁、照明、そして匂い。何とも言えない思いで心がいっぱいになりました。



実はこの帰国で、私は、大切な隠れ家に3名の方をご招待することにしました。

あそこは私の隠れ家なので、チャンスは一度だけ。本人には伝えていませんが、チャンスは一度だけ。それを逃したら、また次回の帰国まで私の隠れ家 はお教えできません。やはり、私が何年も大切にしてきた隠れ家ですから・・・・・。そういいながら、チャンスを逃した方をまた誘ってしまうのでしょうけ ど・・・。

あの店は、私にとって、沢山の思い出と思いと歴史のあるお店です。独りでお酒を飲めるその大切な友人達の隠れ家にもなったらいいなぁという思いを 込めて、今回誘いました。そして私が帰国した後も、彼らは、きっと独りであの店に行くだろうと思います。私が帰国できないその間、大事にあの店を使ってく れるそんな人たちだと。

新しいお客さん達は、昔からのお客さんとは違い、周りに聞こえるようなキンキン声で話をし、音楽のうんちくを永遠と語ります。そういう方は大抵、異性を連れてのみに来ます、雰囲気がいいからでしょうね。

でも、音楽とお酒を楽しみにきている昔からのお客さんは、今日あった見覚えのある顔は、やはり、カウンターや席で独り音楽を楽しみながら、ゆっくりと好きなお酒を2,3杯飲み帰ってゆきます。

日本に住みたい理由は、あの店が理由の一つであることに、今日あの店で過ごした3時間で、心から理解しました。私にとってあそこで過ごす時間は、心にゆとりをもたらすのですね。待ちぼうけたことで、今日、私は素敵な発見をしました。

そして、本日の街で見かけた素敵な言葉は、
「大事なのは今のあなたじゃない。この先、どのくらい上を目指そうと思っているかだ。」
今の私にぴったり!
そう思いませんか?

Wednesday, July 16, 2008

夏風邪か・・

昨日から少し体調を壊しています・・・。

急にカロリーの少ない、美味しいものを食べているからでしょうか・・・おなかが痛くなります。

それから・・・・インヘイラーの使いすぎでしょうか・・・。2種類のインヘイラーを使っているのですが、緊急用に渡されたほうを鬼のように使って います・・。日本、特に都内はくるしくて、死にそうになりますね・・・。でも、マスクは、こんなに暑いのに出来るはずもなく、気もなく。

喉がいたい・・・、これって頂きもののような・・・。姪っ子に分け与えてしまいました。すまない気持ちで一杯ですが・・・・。

日本の暑さにまだなれないJackRabbitです・・・。

Sunday, July 13, 2008

高校時代の友人

本日は、高校時代に仲の良かった女友達とコラーゲンちり鍋??とか言うものを食べてきました・・・。とっても楽しかった!!!とっても美味しかった!!!

本当はもう一人参加予定でトータル5人での食事会となるはずが事情により欠席。でも8月の帰る直前に会う約束です。今日は三十路過ぎ女4人で、コラーゲンを摂取。

高校を卒業して14年・・・。今でも連絡を取り合っています。とは言っても、2,3ヶ月に一度ぐらいですが、でも、こうして、帰国予定を一人に告 げるとのぞみぐらいの速さで4人に伝わり、お食事会のスケジュールが組まれます。4年前の帰国時も同じで、銀座でお食事会でした。今回は、「むこうにはな い日本の居酒屋さんで」のわたしのリクエストに答えてくれ、新宿で集まりました。

まず始めに、私は電車に乗り遅れ、10分の遅刻・・・・。でも、みんな笑顔で迎えてくれて、有り難いことです。

乾杯の後、変ってないねぇ~、太ったよ、え~そんな風には見えないよぉ~などのよくある会話からはじまり、10分後には、高校時代と変らない会話 に・・・。男の話、元彼の話、などなど・・・。楽しいお食事の時間はあっという間に過ぎてしまいました。そのあと、Cafeに移動、そこでも、つもる話で 盛り上がり・・・あっという間に10時。

4時間も女4人は話し続けました。本当に高校のときと変らない、外見や表情や化粧が変わってはいるものの、根本的には全く変わらない・・・かな? 彼女達3人は、2年生のときは隣のクラスでしたが、ラッキーにも3年になり皆で同じクラスになりました。そんなこともあり、時々私がわからない2年生の時 の昔話もあったりもしながら、14年間のありとあらゆる話をしました。

帰りに、よく通ったバーに、以前のように独りで寄り道をして、いつもの飲み物を一杯だけ飲んで、帰って来ました。

帰り道、駅から家までの道のりを歩きながら、楽しかった高校時代を思い出しながら、友達の有り難さをかみ締めて帰ってきました。


向こうで生活をしていた頃、よく思ったんですよ、友達を失ったって・・・。
でもそんなことはない。ただ、年月を経て、淘汰されただけ。帰国すると一通のメールを書いただけで、何人の古い友人が連絡をくれたことか。病院のことが一段落した水曜日から、毎日のように友人と食事やら飲みやらの約束が入っている。

カレンダーに書き込みながら・・・大切な友人達を失ってはいなかったことに気づきました。仕事が忙しくて、週末にしか会えない友人もいるのです が、週末のスケジュールが詰まってしまったと話したら、それでも忙しい平日の夜に時間を作って、夕食をと言ってくれる大切な友人達。

そんなことを考えながら歩いていたら、なんだか感動して涙が出そうになりました。遠くて逢えなくても、でも、彼、彼女達はいつもそこにいてくれる。何年も逢えなくても、いつまでも友達でいてくれる。

とても幸せなことです。

Friday, July 11, 2008

日本での考え事 家族について

4年振りの日本で、家族や友人に会って、普段は全く思ったり考えたりしないことを考えている。今日は家族のことについてちょっと考えてみた。

妹の家にイソウロウをし始めて5日目。妹の旦那は長期出張で家にいないので、妹一人で二人の子供の面倒を見ている。
子供は4歳(早生まれの男の子)と1歳半(女の子)。私と違って全く社交的でない妹は、4歳の子が生まれたときに家に引きこもってしまったので、 その子もShyであまり社交的ではない。そして、言葉を話しだしたのが遅い、4歳になるのにまだ舌足らずで何を言っているのか時々理解できない。

もちろん、親である妹が「ママ」「パパ」「マンマ」「ブーブー」などの赤ちゃん言葉を使わずに子供と接するという教育方針なので、子供にしてみれ ば言葉が難しいのは理由の一つだろうとおもう。なので、私は出来るだけ、彼と話すときには言葉をゆっくりとはっきりと発音するようにしている。そして、彼 が機嫌が良いときはなおしてあげるようにする。しかし、子供は自分に素直すぎて気が向かないとリピートしてくれない。まいった。

1歳半の子は、妹が欲しかった女の子だったので、どこかで甘やかしてしまったようで抱っこ癖がついてしまっていて大変だ。そして、現代っ子らしく、アトピーもアレルギーも持っている・・。


もちろんまだまだ子供だから、善悪の判断が私たち大人ほどしっかり出来ない。だから意地悪なことをしたりしたら叱って教えるのだけど、叱り方によっては聞くどころか泣き出し1時間はぐずって止まらなくなる。

そんな時に、自分の昔のことを思い出した。
親に叱られた時のこと。当時の父はよく私を叩いたり殴ったりした。冬に何時間も雨の中、外に締め出されたこともある。いわゆる体罰を受けた。それ に引き換え、妹と弟は一度も手を出されたことがない。当時は納得がいくわけもなく、また今でも人生で忘れられない事のWorst3に入る出来事だ。その体 験を、自分の子供には絶対にしないと心に誓っている。

妹の子供を叱る様子を見ていて、時々怖くなる。叩くことなどは全くないが、言葉がキツイ。これでは子供が萎縮してしまうだろうと、気になって仕方がない。妹が叱った後で、私が子供達のなだめ役に回るが・・・・これでは、妹が悪者になってしまう。
そんなことを、昨夜は妹と話をした。
やはり、父に殴られている私を毎日のように見て育ったため、ついつい自分の子供に厳しくなってしまうようだという。体罰の件で、私だけでなく妹も、ある一種の後遺症をもってしまったのだと今になって気づいた。

小さな子供達、どのように接してあげればよいのだろう。どのように叱ってあげればよいのだろう。

自分が子供の頃に何が嫌で、なにがうれしかったかを考えてみる。どうして、父に言われたことがどうして聞けなかったのか、どうして殴られたのか、そんなことを考えながら、子供達と過ごしている。なんだか、妹の家で、子育てシュミレーションをさせてもらっている気分た。

小さな二人の新しい家族。4年ぶりに帰国して、はじめて会った小さなワンパク兄妹。この一ヶ月で少しでも妹の手助けと、子育ての相談役になれたらいいなぁと思う。

自分が経験した出来事を、あの小さな子供達には絶対に経験して欲しくない。
そして妹には、感情に走らず根気よくがんばってもらいたい。
これが毎朝の大戦争で、私が感じていること、考えていること。