あっという間に2014年という年が明けて、いつの間にか2月。
実は、12月18日に右肩の手術をしました。
おかげで、2013年のクリスマスは、ベッド上で痛み止めを毎4時間ごとに服用しながらのなんだかふわふわした感じであっという間にすぎてしまいました。年末は、リハビリが始まりましたが、4時間ごとに服用しているのにもかかわらず、痛み止めがほとんど効かないという状況で、悲鳴をあげながら涙を流しながらの毎日でした。
6週間経った今は、なんとか痛みもコントロール出来るようになり、徐々に普通の暮らしが出来つつあるという感じです。治りが普通の人より遅いということで再手術を検討していたドクターも、先日の通院で「再手術の必要がなさそうです」という結果を下し、ほっと一息といったところ。
そんなこんなで始まった2014年ですが、今年の目玉のイベントと言えば、5月の卒業式!
とうとう卒業します。
あれだけ悩んだ3つ目のDegreeでしたが、結局、今回はFine Arts Major (Digital Imaging/Photography emphasis), Economics Minor And Technical Arts Certificateということでなんとか収まりました。というのも、やはり今のわたしは経済学よりArtsに興味があるので、出来ることならそちらで次のステップに進みたいと感じたからです。まずは卒業して、1年から2年の間に作品を作り貯めていき、その時点でまだ上に進みたいと思っていたら、大学院を受けてみようと思います。まぁ、どうなるのでしょうか。歳も歳ですしね。もちろん日本の両親の反応は、もし「大学院」と一言でも口に出せば、呆れて話すら聞いてもらえず、「子供を作るのが先でしょう」という一言を残し、電話がガチャンという音をたてて切れるという感じ。
こんなわたしですが、 今年もどうぞよろしくお願いいたします。
Monday, December 9, 2013
学期末の課題
今学期の学期末の課題は、夏に訪れた仙台の写真をミニシリーズとして提出の予定で進めています。
仙台と言っても、2年3ヶ月後の被災地を撮りました。2泊3日の予定で向かった被災地。日本を離れているため、2年も経ってしまうとなかなか現状を伝えてくれる情報は少なく、それでも一度は何が起こったか、そして現在両親が住む東海地方で将来どのような事が起こりうるのかを確認したく、夏、日本に、そして被災地に向かいました。
現状は、想像していたのとは全く違いました。写真科を専攻するからにはしっかりと写真をと思っていたのにも関わらず、一枚も撮ることが出来ず一泊滞在を伸ばしても、シャッターを切ることが出来なかった。涙が途切れなく流れ、そこに立っているのがやっとだった。逃げるように東京に戻り、2泊じっくり考え、その後の旅行の予定とホテルを全てキャンセルし、再び被災地へ。ボランティアの予定も組んで再び。何度も何度もカメラを構えては、諦める。二度目の滞在も同じことの繰り返し。それでも、なんとかやっとシャッターを切る。そうやって撮った数枚の写真。多少はぶれていたりするけれど、今のわたしにはそれが精一杯の写真。
誰かと共有したくて撮る写真ではなく、自分の記憶をより鮮明に残すための、記憶のサポートとしての写真。デジタルで撮れた数枚の写真。やっとの事で大きさを決め、そしてプリント。
教授と一対一のミーティングで見せるのみと考えていたけれど、この2週間でpublicに公開することを決めた。気分は、個人的な日記を編集なしで見知らぬ人に読まれる感じ。
見る人によっては、あの出来事を思い出す人もいるだろう、もしかしたら写真の場所がわからない人もいるだろう。見る人それぞれのbackgroundやeducationによって、当然見方は変わるだろう。私の感情に全く関係なく、私の写真はその壁を通り過ぎる人々に見るか見ないか、見た人にはどう見るかが委ねられる。Artist statementもcaptureもなく、それらはpublicに曝される。
これから、私はどんな写真を撮っていきたいのだろう。
そう問いかけられた学期末の課題。
考えすぎて、頭が痛いです。
Monday, July 22, 2013
日本で見たもの
日本から帰って、今日で二十日。
荷物の整理は済んだものの、その後がなかなか進まない。
日本で撮った写真の現像もまだ手付かず。
理由は、何となく気が乗らないというのではなく、心の整理というか、気持ちの整理と言うか、まだ頭の中が混乱しているというか。
今回の帰国は、両親の引っ越しの手伝いが半分、残りの半分は日本人としての擦り合わせと調整。最初の数週間は、両親の手伝い。両親の荷物を整理しながら、自分が大事に育てられたのだと つくづく思った。幼稚園時代のお絵描きから、園の出席簿、小学校から高校までの通信簿、手紙やはがき、そして写真の山。驚くほどの量の思い出。その後、東北へ。当初の三日間の予定を四日間へ変更し、結局は予定した金沢、京都、広島行きを変更し、翌週も東北へ。東北で見たものは、あれから二年も経っているというのに、わたしの想像を遥かに超えた状況でした。東北で出会った人々から聞いた話も、わたしに大きな恐怖を与える事になりました。
その東北を題材に、わたしは今月末のArtist in Residenceで作品を作ろうと思っています。が、しかし、段取りが全く進まない。手をつけようと思うのですが、色々な理由をつけてはついつい敬遠してしまう。
実は、もう一度あの恐怖と向い合うのが怖いのかもしれません。自分がこの二年の間、ずっと想像してきた状況とのギャップにまだ心が追いつかないというか、頭が受け入れないというか。
こんなにいっぱいいっぱいの自分って十数年ぶりです。歳をとったせいなのか、故郷を長く離れすぎたせいなのか。
日本で見たものは、、、、、
わたしをとても混乱させています。
荷物の整理は済んだものの、その後がなかなか進まない。
日本で撮った写真の現像もまだ手付かず。
理由は、何となく気が乗らないというのではなく、心の整理というか、気持ちの整理と言うか、まだ頭の中が混乱しているというか。
今回の帰国は、両親の引っ越しの手伝いが半分、残りの半分は日本人としての擦り合わせと調整。最初の数週間は、両親の手伝い。両親の荷物を整理しながら、自分が大事に育てられたのだと つくづく思った。幼稚園時代のお絵描きから、園の出席簿、小学校から高校までの通信簿、手紙やはがき、そして写真の山。驚くほどの量の思い出。その後、東北へ。当初の三日間の予定を四日間へ変更し、結局は予定した金沢、京都、広島行きを変更し、翌週も東北へ。東北で見たものは、あれから二年も経っているというのに、わたしの想像を遥かに超えた状況でした。東北で出会った人々から聞いた話も、わたしに大きな恐怖を与える事になりました。
その東北を題材に、わたしは今月末のArtist in Residenceで作品を作ろうと思っています。が、しかし、段取りが全く進まない。手をつけようと思うのですが、色々な理由をつけてはついつい敬遠してしまう。
実は、もう一度あの恐怖と向い合うのが怖いのかもしれません。自分がこの二年の間、ずっと想像してきた状況とのギャップにまだ心が追いつかないというか、頭が受け入れないというか。
こんなにいっぱいいっぱいの自分って十数年ぶりです。歳をとったせいなのか、故郷を長く離れすぎたせいなのか。
日本で見たものは、、、、、
わたしをとても混乱させています。
Thursday, May 23, 2013
素敵なチャンス
今、わたしは日本に帰ってきています。
『去年も帰ったのに、えっ?今年も?』 って思う人がいると思いますが、今回は両親の引退、そして弟が来年からインドネシアに転勤と、家族事情により帰国です。
さて、本日帰国して3日目。朝からメールをチェックしていると、見慣れない名前からのメール。メールを開いてみると、先日応募した「アーティスト イン レジデンス」の結果でした。選ばれました。8日間という短い期間ではありますが、人生初めての「アーティスト イン レジデンス」!!わたしを含め5名程度のアーティストが一定の場所に集まり、一定の期間を通して作品制作を行う。メンターも付き、これからアーティストしてのノウハウを教えてもらったり、作品制作をしながらディスカッションをしたり。また、他のアーティストとの交流会があったり、そして、8日間後、作品を1ヶ月ほどギャラリーでお披露目します。とても楽しみですが、一番の心配は8日間で人に見せられるような作品が出来上がるかどうか。とても心配。
というのも、今までのわたしは、 授業の一環での作品作り又は、授業外での作品作り、どちらにしても8日間仕事もせずに作品作りに没頭するというような環境は、今までに一度もなく経験したことがないのです。大学をフルタイム、仕事を週に30時間以上という環境で作品作りをしてきたので、いざ「8日間で作品を1シリーズ仕上げてください。」と言われてもかなり困る訳です。とは言え、今まで時間がなくて手をつけることも出来なかったアイディアはあるわけで。。。。
チャンス、なんですね、きっと。
素敵なチャンスなんです、絶対に。
大学を卒業して、アーティストとして作品作りを続けていくにしても、1、2年後に美術で大学院に進むとしても進まなかったとしても、どちらにしろいつかは作品作りに没頭できる日が来るわけです。そのときに、どうやって時間を過ごすか、どのようにしてモチベーションをキープしていくか、そう言うのを今のうちに知っておくのはとても良いチャンスです。
こんな素敵なチャンス、生かさない手はない!!
そう自分に暗示をかけながら、明日は都内で美術館3件ほど巡ってこようと思っています。
『去年も帰ったのに、えっ?今年も?』 って思う人がいると思いますが、今回は両親の引退、そして弟が来年からインドネシアに転勤と、家族事情により帰国です。
さて、本日帰国して3日目。朝からメールをチェックしていると、見慣れない名前からのメール。メールを開いてみると、先日応募した「アーティスト イン レジデンス」の結果でした。選ばれました。8日間という短い期間ではありますが、人生初めての「アーティスト イン レジデンス」!!わたしを含め5名程度のアーティストが一定の場所に集まり、一定の期間を通して作品制作を行う。メンターも付き、これからアーティストしてのノウハウを教えてもらったり、作品制作をしながらディスカッションをしたり。また、他のアーティストとの交流会があったり、そして、8日間後、作品を1ヶ月ほどギャラリーでお披露目します。とても楽しみですが、一番の心配は8日間で人に見せられるような作品が出来上がるかどうか。とても心配。
というのも、今までのわたしは、 授業の一環での作品作り又は、授業外での作品作り、どちらにしても8日間仕事もせずに作品作りに没頭するというような環境は、今までに一度もなく経験したことがないのです。大学をフルタイム、仕事を週に30時間以上という環境で作品作りをしてきたので、いざ「8日間で作品を1シリーズ仕上げてください。」と言われてもかなり困る訳です。とは言え、今まで時間がなくて手をつけることも出来なかったアイディアはあるわけで。。。。
チャンス、なんですね、きっと。
素敵なチャンスなんです、絶対に。
大学を卒業して、アーティストとして作品作りを続けていくにしても、1、2年後に美術で大学院に進むとしても進まなかったとしても、どちらにしろいつかは作品作りに没頭できる日が来るわけです。そのときに、どうやって時間を過ごすか、どのようにしてモチベーションをキープしていくか、そう言うのを今のうちに知っておくのはとても良いチャンスです。
こんな素敵なチャンス、生かさない手はない!!
そう自分に暗示をかけながら、明日は都内で美術館3件ほど巡ってこようと思っています。
Friday, May 3, 2013
卒業式
クラスメイトの卒業式。
本当だったら、わたしも彼らの隣でガウンを着て立っていたはず。
そう思いながら、クラスメイトを見送った今日。
今学期は、色々あって途中で経済学のクラスをドロップした。それもあって、一度はあきらめたWメジャーでの卒業。
今日、友人達の卒業式をみていて、やっぱり諦めずにWで卒業しようと思った。
あと3つ。たったそれだけでWメジャーで卒業できるのなら、やっぱり頑張ろうと思った。みんなと一緒に卒業できなかった理由が、それなら、きっとみんなも分かってくれるはず。来年のわたしの卒業式、せっかくみんなが来てくれるのなら、やっぱり精一杯頑張った形で卒業を迎えたい。そんなことを考えた卒業式だった。
本当だったら、わたしも彼らの隣でガウンを着て立っていたはず。
そう思いながら、クラスメイトを見送った今日。
今学期は、色々あって途中で経済学のクラスをドロップした。それもあって、一度はあきらめたWメジャーでの卒業。
今日、友人達の卒業式をみていて、やっぱり諦めずにWで卒業しようと思った。
あと3つ。たったそれだけでWメジャーで卒業できるのなら、やっぱり頑張ろうと思った。みんなと一緒に卒業できなかった理由が、それなら、きっとみんなも分かってくれるはず。来年のわたしの卒業式、せっかくみんなが来てくれるのなら、やっぱり精一杯頑張った形で卒業を迎えたい。そんなことを考えた卒業式だった。
Wednesday, April 10, 2013
Tuesday, March 19, 2013
学生最後のチャンス?!
来年卒業となるので、今回の選考会が最後のチャンスとなります。選ばれても、選ばれなくても、目標を持ってちゃんとやり遂げたので、今なんだかとても気分がいいです。良い結果が出なかったら出なかったで、次の挑戦では良い結果が出るようにまた頑張ばります。
次の目標は、今取りかかり中のシリーズを4月のグループ展までに完成させること!。
頑張ろう、自分!
Monday, February 11, 2013
今が重要な転機
たしか、数週間前のブログでのわたしは、Fine ArtsとEconのW Majorで2014年の春卒業すると言い切った気がします。しかし、この5週間でわたしの心と頭の中では少し変化が起き、今後のことをもう少し具体的に考えるようになりました。そして今、結論を出すべきではないかと思うようになりました。
来年がFine Artsでの最後の年となります、そして経済学部もあと3つクラスを取れば卒業というところまできました。来年卒業ということは、Fine Artsの学部の奨学金の応募も来月の締め切りが最後ということです。今年も挑戦だけはしようと思い、それに向けて作品を作ったり纏めたりし始めたのが約5週間ほど前。その準備をしているうちに、経済学部の授業の予習やら、毎回の小グループでのリベートのためのリサーチやらが怠っていることには薄々は気がついていました。経済学だけではありません、Fine Artsのほうも同じです。毎週、週を重ねるごとに、自分が頭も心もどっちつかずになっていることにも気がつきました。
このまま続けていくのは無理だろうと思うようになったのは先週からでしょうか。奨学金のためのポートフォリオの選考会があと1ヶ月弱に迫った先週末。結局自分は、これから何をしていきたいのか、何をして生活していきたいのか。そんなことを丸三日考えるうちに、Fine Artsに専念したいのだと気がついたのです。先週の土曜日に行った、Printmaking のOpen Houseで先生とすこし話をしたからでしょうか?他愛もない話だったけれど、先生の作品のコンセプトやらを聞いているうちに、自分の中でも次の作品へのアイディアが湧いてワクワクしている自分がいました。どんな仕事であれ、自分の作品は作り続けていきたいし、そのフィールドからは離れたくはないなぁと思うのです。
もちろん、ビジネスのフィールドから離れて4、5年。そのブランクを取り戻すのは至難の業で、それに怖じ気づいたことも確かです。では、せっかく入り口まで辿り着くことの出来たFine Artsというフィールドからすこし離れることと、どちらがどれだけ辛いのだろうと考えてみたのです。もちろん、Fine Artsなんて全く軌道に乗っているわけでもない。少しばかりアーティストとのつながりが出来つつあるというレベル。自分が表現したいことがどこまで人々に伝わるかはわからない。でも、言葉ではない表現を通じて広がる人とのつながりが、今は楽しくて面白くて、わたしの心をドキドキさせる。素のままの自分の声を受け止めてくれる人がいるということを知る、喜び。
わたしがもう少し器用であったら、経済学部もMajorとして卒業をするのだろうけど。今の自分がやりたいこと、学びたいこと、そういう自分の好奇心を満たし、そのフィールドの隅にでも留まらせるためのToolとしての知識を得ることが出来るのは、やはりFine Artsだと思うのです。
Artなんか、努力して何とかなるものじゃないと信じている父にはきっと言い訳にしか聞こえないんだろうと思う。日本を離れて、ここUSでの第二の人生なんだから、少しぐらいやりたいことをやってみてもいいんじゃないかって思う。自分の人生だもの、人に迷惑かけなきゃ、やりたいことをトコトンやりたいだけやってもいいじゃない?幸いにも、パートナーはこの考えに賛成。きっとこれからももっと苦労するんだろうと思う。でも、新しいアイディアをどのように作品に落としていくかとか考える時間は苦しいけれど、どんなものにも代え難い楽しい時間であると思う。
ということで、大学生活の残りの1年は、Fine ArtsをMajor、経済学はMinor、そしてArt Technology Certificate のちょっと変更ありの3本立てで頑張っていこうと思います。とは言っても、経済学はあと3つで卒業だったからほんの少し残念な感じは残りますが、経済学関連の仕事をすることよりも、Art関連の仕事に就きたい自分の意志を尊重すれば、ここはあまり貪欲にはならずにいようと思います。
それにしても、やっぱりちょっと悔しいかも。でもね、来年、みっちり1年、作品作りだけを考えていればいいのだと思えば、それはそれですごく幸せなはず。将来ずっと作品を作り続けながら、ビデオ編集やらカラーコレクションやらの仕事をしながら、Artと関わりを持つことが出来るかもしれないということを考えれば。。。。残りの一年は、もっとビデオ編集やらのクラスを撮ったりと生き残るための術をもうすこし学んでいきたいと思います。
よし、言い切った。これ以上はこのことについては考えない。
ということで、あとは奨学金、もらえるように作品作り、がんばります。
来年がFine Artsでの最後の年となります、そして経済学部もあと3つクラスを取れば卒業というところまできました。来年卒業ということは、Fine Artsの学部の奨学金の応募も来月の締め切りが最後ということです。今年も挑戦だけはしようと思い、それに向けて作品を作ったり纏めたりし始めたのが約5週間ほど前。その準備をしているうちに、経済学部の授業の予習やら、毎回の小グループでのリベートのためのリサーチやらが怠っていることには薄々は気がついていました。経済学だけではありません、Fine Artsのほうも同じです。毎週、週を重ねるごとに、自分が頭も心もどっちつかずになっていることにも気がつきました。
このまま続けていくのは無理だろうと思うようになったのは先週からでしょうか。奨学金のためのポートフォリオの選考会があと1ヶ月弱に迫った先週末。結局自分は、これから何をしていきたいのか、何をして生活していきたいのか。そんなことを丸三日考えるうちに、Fine Artsに専念したいのだと気がついたのです。先週の土曜日に行った、Printmaking のOpen Houseで先生とすこし話をしたからでしょうか?他愛もない話だったけれど、先生の作品のコンセプトやらを聞いているうちに、自分の中でも次の作品へのアイディアが湧いてワクワクしている自分がいました。どんな仕事であれ、自分の作品は作り続けていきたいし、そのフィールドからは離れたくはないなぁと思うのです。
もちろん、ビジネスのフィールドから離れて4、5年。そのブランクを取り戻すのは至難の業で、それに怖じ気づいたことも確かです。では、せっかく入り口まで辿り着くことの出来たFine Artsというフィールドからすこし離れることと、どちらがどれだけ辛いのだろうと考えてみたのです。もちろん、Fine Artsなんて全く軌道に乗っているわけでもない。少しばかりアーティストとのつながりが出来つつあるというレベル。自分が表現したいことがどこまで人々に伝わるかはわからない。でも、言葉ではない表現を通じて広がる人とのつながりが、今は楽しくて面白くて、わたしの心をドキドキさせる。素のままの自分の声を受け止めてくれる人がいるということを知る、喜び。
わたしがもう少し器用であったら、経済学部もMajorとして卒業をするのだろうけど。今の自分がやりたいこと、学びたいこと、そういう自分の好奇心を満たし、そのフィールドの隅にでも留まらせるためのToolとしての知識を得ることが出来るのは、やはりFine Artsだと思うのです。
Artなんか、努力して何とかなるものじゃないと信じている父にはきっと言い訳にしか聞こえないんだろうと思う。日本を離れて、ここUSでの第二の人生なんだから、少しぐらいやりたいことをやってみてもいいんじゃないかって思う。自分の人生だもの、人に迷惑かけなきゃ、やりたいことをトコトンやりたいだけやってもいいじゃない?幸いにも、パートナーはこの考えに賛成。きっとこれからももっと苦労するんだろうと思う。でも、新しいアイディアをどのように作品に落としていくかとか考える時間は苦しいけれど、どんなものにも代え難い楽しい時間であると思う。
ということで、大学生活の残りの1年は、Fine ArtsをMajor、経済学はMinor、そしてArt Technology Certificate のちょっと変更ありの3本立てで頑張っていこうと思います。とは言っても、経済学はあと3つで卒業だったからほんの少し残念な感じは残りますが、経済学関連の仕事をすることよりも、Art関連の仕事に就きたい自分の意志を尊重すれば、ここはあまり貪欲にはならずにいようと思います。
それにしても、やっぱりちょっと悔しいかも。でもね、来年、みっちり1年、作品作りだけを考えていればいいのだと思えば、それはそれですごく幸せなはず。将来ずっと作品を作り続けながら、ビデオ編集やらカラーコレクションやらの仕事をしながら、Artと関わりを持つことが出来るかもしれないということを考えれば。。。。残りの一年は、もっとビデオ編集やらのクラスを撮ったりと生き残るための術をもうすこし学んでいきたいと思います。
よし、言い切った。これ以上はこのことについては考えない。
ということで、あとは奨学金、もらえるように作品作り、がんばります。
Thursday, January 3, 2013
元旦は暗室入りから
2012年もなんだかんだ言って、結局ホームページを完成することが出来ませんでした。今年、2013年は完成させます!
さて、帰国するたびに毎回、友人や家族に何度も聞かれるのは、
「一体、いつ卒業するの?」
昨夜、卒業までのスケジュールを確認しましたので、ここでご報告いたします。
当初は今年、2013年春に卒業の予定でしたが、毎年恒例で値上げする授業料が理由で、今年ではなく、2014年春に卒業することを決めました。卒業は、Economics(BS)、Fine Arts(BFA)のWメジャーと、Art Technology Certificateの3本立てとなります。一年卒業を延ばしたことにより、アートの方はじっくり時間をかけて課題制作を進めていくことが出来るかと思います。それと同時にホームページの方も完成させていきます。どうか温かく見守っていてください。
さてさて、2013年の元旦は、暗室で数時間を過ごしました。そして、二日も同じく。本日、一月三日はマットカットを。ということで、お正月は写真三昧。というのも、今月に大学内のギャラリーで行われる、写真学科の学生によるオルタナティブプロセスで作成された写真のショウに1枚作品が飾られることになったのです。応募時は運試しのつもりでしたが、なんとか選ばれました。ということで、来週から始まるショウのための準備の3日間でした。この3日間のお正月休みをくれた上司に感謝です。
ショウが目的で作品作りをしている訳ではありませんが、せっかく人が勧めてくれるものであれば、その勧めてくれた方のご期待には答えたいと思います。また、そう言ったショウなどにより、見る側がわたしの作品を通して何を見るのか知ることが出来ます。それはわたしにとって、とても貴重な経験となります。そう言う理由で、ショウにも積極的に応募していこうと思っています。
ということで、もう一つ。2月に、ここSLCのローカルアーティストによる、アナログ白黒写真のショウがあります。そちらにも作品が2点審査を通り飾っていただけることになりましたので、ここでご報告いたします。
2013年が2012年以上に成長できる一年でありますように。
そして、いつもわたしを温かく見守っていてくださる皆様においても、素晴らしい一年となりますように。
お互いに頑張りましょう!
さて、帰国するたびに毎回、友人や家族に何度も聞かれるのは、
「一体、いつ卒業するの?」
昨夜、卒業までのスケジュールを確認しましたので、ここでご報告いたします。
当初は今年、2013年春に卒業の予定でしたが、毎年恒例で値上げする授業料が理由で、今年ではなく、2014年春に卒業することを決めました。卒業は、Economics(BS)、Fine Arts(BFA)のWメジャーと、Art Technology Certificateの3本立てとなります。一年卒業を延ばしたことにより、アートの方はじっくり時間をかけて課題制作を進めていくことが出来るかと思います。それと同時にホームページの方も完成させていきます。どうか温かく見守っていてください。
さてさて、2013年の元旦は、暗室で数時間を過ごしました。そして、二日も同じく。本日、一月三日はマットカットを。ということで、お正月は写真三昧。というのも、今月に大学内のギャラリーで行われる、写真学科の学生によるオルタナティブプロセスで作成された写真のショウに1枚作品が飾られることになったのです。応募時は運試しのつもりでしたが、なんとか選ばれました。ということで、来週から始まるショウのための準備の3日間でした。この3日間のお正月休みをくれた上司に感謝です。
ショウが目的で作品作りをしている訳ではありませんが、せっかく人が勧めてくれるものであれば、その勧めてくれた方のご期待には答えたいと思います。また、そう言ったショウなどにより、見る側がわたしの作品を通して何を見るのか知ることが出来ます。それはわたしにとって、とても貴重な経験となります。そう言う理由で、ショウにも積極的に応募していこうと思っています。
ということで、もう一つ。2月に、ここSLCのローカルアーティストによる、アナログ白黒写真のショウがあります。そちらにも作品が2点審査を通り飾っていただけることになりましたので、ここでご報告いたします。
2013年が2012年以上に成長できる一年でありますように。
そして、いつもわたしを温かく見守っていてくださる皆様においても、素晴らしい一年となりますように。
お互いに頑張りましょう!
Tuesday, January 1, 2013
Happy New Year!!
あけましておめでとうございます。
2012年は、日本へ帰国し多くの人々に再会、お会いすることが出来、とても素敵な一年だったと思います。しかし、秋学期は体調を大きく崩し、課題制作がなかなか進まず苦戦の一学期でした。 2013年は巳年。何かに絡み付いたら、結果を得るまで放さない。そんな一年である様頑張りたいと思います。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
2012年は、日本へ帰国し多くの人々に再会、お会いすることが出来、とても素敵な一年だったと思います。しかし、秋学期は体調を大きく崩し、課題制作がなかなか進まず苦戦の一学期でした。 2013年は巳年。何かに絡み付いたら、結果を得るまで放さない。そんな一年である様頑張りたいと思います。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
Sunday, December 9, 2012
敗戦
今学期は、写真のクラスはほとんど敗戦と言ったところでしょうか。
課題提出日までには、9枚で1シリーズ、なんとか間に合ったものの、質としては全く納得のいくものではなく、それを体調のせいにしてしまう自分にも嫌気がさして、何とも言えない苦い思いが残る今学期。
その今学期は、まだ終わった訳ではなく、あとビデオの課題が一つと、経済学のテストが一つ。なんとか、集中力を繋ぎ止めたいところですが、なかなか思うように行かず、悪戦苦闘中。
今学期の課題は先週で終わってしまったのですが、自分が望んでいるところまで辿り着くことが出来なかった訳で、自分としては悔しいわけです。年内に、とは言ってもあと数週間もないのですが、もう一度チャレンジして、なんとかある程度のところまで持っていけたらと思っています。どうなることでしょう。
ただ、今日までに11x14のファイバーを60枚以上使ってしまっているので、ここでやめたら、ただの無駄遣いでしかなくなってしまいます。特に今回は4x5での挑戦で、50枚近くのネガを使用しているにもかかわらず、自分が納得いくところまで到達できなかったことに、苛立つわけで。 やるしかないですね。そう、ここでやっておかないと、来学期、来年と続かなくなるんじゃないかとちょっと怖くなってしまいました。やります!来学期が始まる前に、完成は出来なくとも、1セット(5ショット)ぐらい、納得のいくものを作ります!!
ここで発言してしまった以上、やるしかないです。
こうやって、自分を追い込んでやっと動けるという自分に、歳を感じます。
歳の数に負けないほど、知恵がついているといいのですが、現実はそれほど甘くないですね。今回の課題のミスは、自分自身を過大評価してきたツケが回ってきたという感じです。
来年を気持ちよく迎えるため、今年も残り少ないですが、もう少し悪足掻きをしてみたいと思っています。
課題提出日までには、9枚で1シリーズ、なんとか間に合ったものの、質としては全く納得のいくものではなく、それを体調のせいにしてしまう自分にも嫌気がさして、何とも言えない苦い思いが残る今学期。
その今学期は、まだ終わった訳ではなく、あとビデオの課題が一つと、経済学のテストが一つ。なんとか、集中力を繋ぎ止めたいところですが、なかなか思うように行かず、悪戦苦闘中。
今学期の課題は先週で終わってしまったのですが、自分が望んでいるところまで辿り着くことが出来なかった訳で、自分としては悔しいわけです。年内に、とは言ってもあと数週間もないのですが、もう一度チャレンジして、なんとかある程度のところまで持っていけたらと思っています。どうなることでしょう。
ただ、今日までに11x14のファイバーを60枚以上使ってしまっているので、ここでやめたら、ただの無駄遣いでしかなくなってしまいます。特に今回は4x5での挑戦で、50枚近くのネガを使用しているにもかかわらず、自分が納得いくところまで到達できなかったことに、苛立つわけで。 やるしかないですね。そう、ここでやっておかないと、来学期、来年と続かなくなるんじゃないかとちょっと怖くなってしまいました。やります!来学期が始まる前に、完成は出来なくとも、1セット(5ショット)ぐらい、納得のいくものを作ります!!
ここで発言してしまった以上、やるしかないです。
こうやって、自分を追い込んでやっと動けるという自分に、歳を感じます。
歳の数に負けないほど、知恵がついているといいのですが、現実はそれほど甘くないですね。今回の課題のミスは、自分自身を過大評価してきたツケが回ってきたという感じです。
来年を気持ちよく迎えるため、今年も残り少ないですが、もう少し悪足掻きをしてみたいと思っています。
Tuesday, October 16, 2012
Wednesday, September 19, 2012
Monday, September 17, 2012
ダゲレオタイプ写真のワークショップ
先週の週末、二日間のダゲレオタイプ写真のワークショップに参加してきました。
ダゲレオタイプのワークショップと言うと、本当は何千ドルもかかって、5日間ほどかけるのが普通らしいのだけれど、今回のワークショップは試験的に、つまり ”ミニワークショップ” と言うことで学生が何とか払える額で二日間、ユタ大学の写真学部の一部の生徒を対象に行われました。主催者側にお世話になっている先輩(卒業生)がいたこともあり、優先して参加させてもらいました。(やはり、コネクションは大事ですね。)
今回のワークショップの数日前に、主催者側が地元の会社に、銅版に銀メッキを施したものをオーダーしたのですが、オーダー先がダゲレオタイプの写真術に使うものを専門に扱うところではなかったために、銀メッキが少し薄く、ワークショップで磨きをかけるという作業のときには一苦労しました。
その後のヨウ素蒸気にさらして表面に黄金色の均一なヨウ化銀の膜を形成するという作業も、これ又いろいろと問題が発生しまして、結局参加者の三分の二の学生しか銀板に画像を焼き付けることが出来ませんでした。
わたしはというと、一回目は全くダメで、神頼みをしながら撮影した二回目の銀板二枚は、奇跡的にも画像が浮かび上がり、成功!! 今回の現像には水銀を使用のため、参加者10人が交代で現像。と言うかんじで、結局、この2日間では定着の作業までは行き届かず、1週間経った今も定着が済んでいないのが、現状。ちょっと残念。
まぁ、写真の教科書でしか目にすることが出来なかったダゲレオタイプを、このワークショップに参加することで 一度は体験できたということは、とても貴重な良い経験となったのは事実。でも、欲が出てきて、次回も開催されるのなら少々参加費用が高くても、もう一度、今度は最後の定着まで体験したいと思ったりしている、今日この頃のわたしです。
とにかく、1830年代の写真術は、現在の写真術に比べるとかなり手がかかると言うのが率直な感想ではありました。でも楽しかったぁ!!!
ダゲレオタイプのワークショップと言うと、本当は何千ドルもかかって、5日間ほどかけるのが普通らしいのだけれど、今回のワークショップは試験的に、つまり ”ミニワークショップ” と言うことで学生が何とか払える額で二日間、ユタ大学の写真学部の一部の生徒を対象に行われました。主催者側にお世話になっている先輩(卒業生)がいたこともあり、優先して参加させてもらいました。(やはり、コネクションは大事ですね。)
今回のワークショップの数日前に、主催者側が地元の会社に、銅版に銀メッキを施したものをオーダーしたのですが、オーダー先がダゲレオタイプの写真術に使うものを専門に扱うところではなかったために、銀メッキが少し薄く、ワークショップで磨きをかけるという作業のときには一苦労しました。
その後のヨウ素蒸気にさらして表面に黄金色の均一なヨウ化銀の膜を形成するという作業も、これ又いろいろと問題が発生しまして、結局参加者の三分の二の学生しか銀板に画像を焼き付けることが出来ませんでした。
わたしはというと、一回目は全くダメで、神頼みをしながら撮影した二回目の銀板二枚は、奇跡的にも画像が浮かび上がり、成功!! 今回の現像には水銀を使用のため、参加者10人が交代で現像。と言うかんじで、結局、この2日間では定着の作業までは行き届かず、1週間経った今も定着が済んでいないのが、現状。ちょっと残念。
まぁ、写真の教科書でしか目にすることが出来なかったダゲレオタイプを、このワークショップに参加することで 一度は体験できたということは、とても貴重な良い経験となったのは事実。でも、欲が出てきて、次回も開催されるのなら少々参加費用が高くても、もう一度、今度は最後の定着まで体験したいと思ったりしている、今日この頃のわたしです。
とにかく、1830年代の写真術は、現在の写真術に比べるとかなり手がかかると言うのが率直な感想ではありました。でも楽しかったぁ!!!
Friday, August 31, 2012
Eye
It is as old as I am.
It is from Japan just as me.
It captures everything like my eyes.
The black heavy body is well-built like me.
When I fold it, the form is like my dad’s Bento box.
I love this black box, because it never lies to me.
It tells me the truth anywhere, anytime I want.
It is like my eyes.
If I don’t want to see something, I will close its eye.
It is like my eyes.
It is also my eye.
It is from Japan just as me.
It captures everything like my eyes.
The black heavy body is well-built like me.
When I fold it, the form is like my dad’s Bento box.
I love this black box, because it never lies to me.
It tells me the truth anywhere, anytime I want.
It is like my eyes.
If I don’t want to see something, I will close its eye.
It is like my eyes.
It is also my eye.
Thursday, August 9, 2012
感情
当たり前のことだけれど、時々忘れてしまう。「感情」とは、他人と共有出来るようで出来ないもの。「共感する」ことも、本当のところどうなのだろう。
感情は目に見えるものではない。感情によって生み出される顔の表情や音となって現れる歓喜や嗚咽等にとって、わたし達他人はその人の思うところを察しようと努力する。
海外に出てよく言われるのは、アジア人(特に韓国人、日本人)は目でものを言うことが出来ると。それが、今で言う「空気を読む」ということなのか、わたしたちアジア人は注意深く相手の表情や仕草から相手の思いを読むことが出来るということなのかはわからないが、アジア人は相手の感情を読むことが出来ると言われている。どちらにせよ、折角アジア人として生まれてきたのだから、そういう目をもって写真を撮れればいいのにと思うのだが、なかなかそう上手くはいかないのが現実。
今回の帰国では、前回のカメラに加え、新たに7Dを加えて撮る気満々で帰国したのだけれど、6週間が過ぎた今、鞄を覗いてみれば何本ものフィルムが封を開けられることなく綺麗に並べられたまま。
なぜ、カメラを持ち歩いてはいるのにシャッターを切れないのか。
そんな事を考えながら、先週一人旅に出た。もちろんカメラとフィルムを鞄に詰め込んで。でも、同じ。やっぱり撮れない。
旅の途中で気がついた。自分が撮りたい写真って、(多分)日本ではなく、自分の内面にある日本なんじゃないかと。故郷を思う心だったり、両親や祖母から教わった、もの一つ一つに対する愛情や情、そんなものを、海外に住みながらも日本人らしく、表して行きたいのかな。
海外にいて忘れそうになっちゃう、日本人の心、忘れちゃわないように、必死にしがみついているみたいな、そんな写真。今のわたしがわたしらしく撮れる写真で、今はそういうのが撮りたいんだろうな。
感情は目に見えるものではない。感情によって生み出される顔の表情や音となって現れる歓喜や嗚咽等にとって、わたし達他人はその人の思うところを察しようと努力する。
海外に出てよく言われるのは、アジア人(特に韓国人、日本人)は目でものを言うことが出来ると。それが、今で言う「空気を読む」ということなのか、わたしたちアジア人は注意深く相手の表情や仕草から相手の思いを読むことが出来るということなのかはわからないが、アジア人は相手の感情を読むことが出来ると言われている。どちらにせよ、折角アジア人として生まれてきたのだから、そういう目をもって写真を撮れればいいのにと思うのだが、なかなかそう上手くはいかないのが現実。
今回の帰国では、前回のカメラに加え、新たに7Dを加えて撮る気満々で帰国したのだけれど、6週間が過ぎた今、鞄を覗いてみれば何本ものフィルムが封を開けられることなく綺麗に並べられたまま。
なぜ、カメラを持ち歩いてはいるのにシャッターを切れないのか。
そんな事を考えながら、先週一人旅に出た。もちろんカメラとフィルムを鞄に詰め込んで。でも、同じ。やっぱり撮れない。
旅の途中で気がついた。自分が撮りたい写真って、(多分)日本ではなく、自分の内面にある日本なんじゃないかと。故郷を思う心だったり、両親や祖母から教わった、もの一つ一つに対する愛情や情、そんなものを、海外に住みながらも日本人らしく、表して行きたいのかな。
海外にいて忘れそうになっちゃう、日本人の心、忘れちゃわないように、必死にしがみついているみたいな、そんな写真。今のわたしがわたしらしく撮れる写真で、今はそういうのが撮りたいんだろうな。
Tuesday, July 17, 2012
日本
日本に戻り、3週間が経った。
今日は、Tylerがアメリカに戻る日だったので、成田空港まで見送りに行った。今回は7週間の帰国の予定なので、わたしにはあと4週間弱、日本で生活する時間が残されている。Tylerを見送りながらふと考えた。これから先、一体わたしは何回、元気な祖母たちに会えるのだろうか。そして、何回親孝行が出来るのだろうか。そんなことを考えながら、わたしは成田空港から今回の滞在先である妹家族の家に向かっている。
日本を出ることを選んだのは自分自身なのだが、生まれ育った国を離れるということが、こんなにも複雑な気分になることなど、全く思いもよらなかった。なので、わたしは日本に帰り度に、困惑する。
自国を離れても、わたしがなに人であるかは、決して変わらない。だから、どこにいても、"日本人"であることを誇りに思い、日本人らしく伝統やしきたり等を重んじ、いつまでも日本人でいたいと思う。
わたしの原点は日本にあることを忘れずにいたい。
今日は、Tylerがアメリカに戻る日だったので、成田空港まで見送りに行った。今回は7週間の帰国の予定なので、わたしにはあと4週間弱、日本で生活する時間が残されている。Tylerを見送りながらふと考えた。これから先、一体わたしは何回、元気な祖母たちに会えるのだろうか。そして、何回親孝行が出来るのだろうか。そんなことを考えながら、わたしは成田空港から今回の滞在先である妹家族の家に向かっている。
日本を出ることを選んだのは自分自身なのだが、生まれ育った国を離れるということが、こんなにも複雑な気分になることなど、全く思いもよらなかった。なので、わたしは日本に帰り度に、困惑する。
自国を離れても、わたしがなに人であるかは、決して変わらない。だから、どこにいても、"日本人"であることを誇りに思い、日本人らしく伝統やしきたり等を重んじ、いつまでも日本人でいたいと思う。
わたしの原点は日本にあることを忘れずにいたい。
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